能「屋島」を知る

源平随一のヒーロー義経が主人公。鎮魂の名曲。

約200曲あまりある現行の能の曲の中で、唯一、源義経をの主人公にした曲。題材は、「平家物語」、曲中に多くの名場面が語られます。舞台は現在の香川県高松市。能「屋島」の魅力は様々な側面から広がります。

あらすじ・STORY

前シテ(漁翁)都の僧が、西国行脚の途中、讃岐国(香川県)屋島の浦にて、とある塩屋で一夜を明かそうと主を待っていると、夕闇も迫る頃、漁翁と漁夫が釣りから戻ってくる。僧が宿を所望すると、漁翁は一度は粗末なのでと断るが、都の人と聞くと懐かしがり、中に招き入れる。そして、僧の求めに応じて、屋島での源平の合戦の様子・大将義経の凛々しい武者ぶり・悪七兵衛景清と三保の谷四郎との錣引き・義経の忠臣佐藤継信や能登守教経の従者菊王丸の討死の様などについて物語る。あまりの詳しさに僧が名を尋ねると、義経の霊であるとほのめかし、消え失せる。《中入》
そこへ本当の塩屋の主人が現れ、屋島の合戦を物語る。その夜、僧の夢中に甲冑姿の源義経の霊が現れ、まだこの地に執心が残っていると語り、合戦のさなか、波に流された弓を名誉の為に敵に取られまいと身を捨てて拾い上げた「弓流し」の様を再現し、今は修羅道の地獄に落ちてなおも戦い続けねばならぬ様をみせるが、夜明けと共に姿は消え、高松の浦風の音が聞こえるばかりであった。

曲の「趣」・屋島編

現在の屋島の風景能『屋島』では、演者の「語り」や、無駄を省き凝縮された「型」の表現を通して、様々な風景が広がります。屋島の戦いにおける義経の大将ぶりや合戦の名場面の数々が語られるのもこの曲の魅力です。

■語られる名場面① 佐藤継信×平教経・佐藤忠信×菊王丸
奇襲をしかけてきた義経の軍に驚き、浮足立った平家軍も相手方が少数と知るや猛攻。平氏随一の剛勇・平教経が義経に狙いをつける。教経の矢が義経に命中する寸前、奥州から従ってきた義経の忠臣・佐藤継信が盾となってその矢を受けて落馬し、絶命。また、平教経の従者・菊王丸はその継信の首を切ろうとしていたところを継信の弟・忠信に射られて討ち死にしてしまう。
■語られる名場面② 悪七兵衛景清 三保谷四郎国俊・「錣引き」
戦いの中、平家の武将・悪七兵衛景清は長刀を脇にかかえ、好敵をさがしていた。そこへ源氏方の三保谷四郎国俊という侍が後ろを見せて行くので追いかけ、兜の錣(しころ)につかみかかった。三保谷は錣にかかった景清の手を何度となくはずし逃げてゆく。ついには飛びかかって兜をつかみ引っ張るうちに錣は切れ、景清の手に残った。三保谷は先へ逃げ延びる。二人ははるかに隔たって、顔を見合わせた。互いに腕の強さ、首の骨の強さを讃え合い、笑って別れる。
■語られる名場面③ 義経の「弓流し」
激しい合戦の最中に義経は誤って海に弓を落してしまう。「弓は武人の表看板である。こんな弱い弓を敵に拾われて、これが源氏の大将の弓かと嘲られては末代までの恥辱だ。」と危険を冒してまで取り戻した。家臣はみな義経の意気と言葉に感服した。

小島英明・能楽講座「能楽のススメ」テキストより

屋島の戦いでも大活躍した義経。源平随一のヒーローだと今の世に伝わっています。しかし、この能において義経は結局、修羅道の地獄にいる。大義のためといえ、戦は戦。修羅に他ならないということなのでせうか。

■□■NOH豆知識■□■
【修羅道とは】
修羅道は阿修羅の住まう世界である。修羅は終始戦い、争うとされる。苦しみや怒りが絶えないが地獄のような場所ではなく、苦しみは自らに帰結するところが大きい世界である。

落花枝帰らず、破鏡ふたたび照らさず
然れどもなほ妄執の瞋恚(しんに)とて、鬼神魂魄の境界にかへり、
我とこの身を苦しめて、修羅の巷に寄る来る波の、浅からざりし業因かな
「屋島」詞章より

  • 【参考文献】「平家物語図典」五味文彦・櫻井陽子編 小学館/「図説 源平合戦人物伝」学研/「梶原正昭編 平家物語必携」学燈社/「源平合戦事典」吉川弘文館                                               【PHOTO】HIROYUKI SHIBATA/「屋島」HIDEAKI KOJIMA

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