能「紅葉狩」を知る

緋色に染まる戸隠山。姫か鬼か、女は変化(へんげ)するもの。

曲の題材は、「鬼女・紅葉(もみじ)の伝説」、あるいは「太平記」の一節とも。舞台は現在の長野県・戸隠山。季節は秋。
能「紅葉狩」に心を寄せることによって、伝説を知り、日本の名所を知り、いにしえに想いを馳せて、季節を感じる。能の魅力の一つは欲張りな楽しみ方ができる事かもしれません。

あらすじ・STORY

秋も半ばの頃、信州戸隠山で、紅葉をめでつつ酒宴を楽しむ女たちがいた。そこへ鹿狩りのために、山に入った平維茂の一行が通りすがる。身分の高い女性の紅葉狩と聞いた維茂は、その興を妨げないよう道をかえ通り過ぎようとするが、宴の女主人がそれに気づき引き留める。維茂は誘いを断ることができず、勧めに応じて酒席につく。盃を重ねて酔ってしまった維茂は、その美しい女と行く末を契ったあげく、女の舞を見ているうちに深い眠りに落ちてしまう。それを見届けた女たちは、夢から覚めるなと言い残し、山中に姿を消す。《中入》
維茂の夢の中に八幡大菩薩の末社の神・武内神が現れる。神は、先程の美女は戸隠山に棲む鬼なので、退治せよと告げ、維茂に神剣を授ける。目を覚ました維茂はその剣を手に取り、身支度をととのえ、鬼を待ち構える。やがて山中に稲妻が走り、雷鳴がとどろくと、鬼女が現れ、襲いかかってきた。刀を抜いて応戦する維茂。激しい格闘のうち、武勇に優れた維茂はついに鬼女たちを斬り伏せ、退治した。

曲の「趣」・紅葉狩編

日本にはいにしえより「紅葉を愛でる」という習慣があります。黄葉が青い空に金色に輝く。あるいは山々が一面燃えような緋色に染まるのは、神の業。この能の舞台は、そんな美しい秋の信州・戸隠山です。この曲のヒロインとされる鬼女紅葉(もみじ)の伝説が戸隠山の少し南、背の谷にあたる所に「鬼無里(きなさ)」という里に残っています。
ここに伝わる話は能「紅葉狩」とは少し異なります。

■鬼女・紅葉(もみじ)の伝説
《美しい少女の名は「呉葉」、秘術を使う》 
清和天皇の御代に罪を問われ伊豆に流された伴大納言善男の子孫・笹丸はその後、奥州会津に住んでいた。妻は菊世といったが2人の間に子がなかったので、ある日第六天の魔王に祈願するとその甲斐あって女児を授かる。女の子は呉葉(くれは)と名づけられた。美しく、利発で、琴を奏で、裁縫もよくできた。成長した呉葉は、富農の親子に縁談を迫られる。そこで第六天の魔王の力からを借りて、分身の術で、自分そっくりの美女を生みだし代わりに結婚させる。偽物の呉葉と豪農の息子はしばらく仲良く暮らすが、ある日、偽呉葉は糸の雲に乗って消え、その時、呉葉とその家族は結婚の支度金を奪って、既に京に上っていた。
《「紅葉」という名に。源経基の子を身籠る》
京で呉葉は紅葉(もみじ)と名をかえる。琴の音に魅かれ、彼女に近づいてきた源経基の目にとまり、腰元となり、局となって、やがて経基の子を身ごもる。邪魔に思うのは経基の正妻のこと。紅葉は妖術で経基の正妻を亡きものにしようとたくらみむ。しかし、正妻の病の原因が紅葉の呪いであると比叡山の高僧に見破られ、結局、紅葉は信州戸隠に追放される。
《追放され、戸隠山へ》
  紅葉の盛りの頃、紅葉は水無瀬(鬼無里)に辿り着く。経基の子を宿し、京に通じ、しかも美人である紅葉は村人達に尊ばれる。読み書きや裁縫も村人に教えた。しかしやはり恋しいのは都。経基にちなんで生まれた息子に経若丸(つねわかまる)と名付け、村の各所に京にゆかりの地名を付ける。西京(にしきょう)、東京(ひがしきょう)、四条、五条、内裏屋敷。しかし、紅葉にとって京での栄華はもはや遥かに遠い。このため次第に紅葉の心は荒み、再び京に上るための軍資金を集めようと、一党を率いて戸隠山に籠り、夜な夜な他の村を荒しに出るようになってしまう。この噂は「戸隠の鬼女」として京、そして時の帝・冷泉帝にまで伝わり、平維茂に「鬼女紅葉退治」の勅命が下る。
《「紅葉」狩の勅命が下る》
  維茂は、軍勢を整え信濃に向かい、上田に到着。まずは部下を紅葉の元へ偵察に向かわせたが、紅葉の術に翻弄され、撃退されてしまう。紅葉とその一党が勝利の宴を開いているところ、維茂が旅僧の姿に身をやつして、その宴に潜り込む。紅葉に酒をすすめられるが、毒酒と見抜いた維茂は飲んだふりをしてこっそりそれを捨て、無事に戻る。
 維茂は、苦戦に上田の天台寺院北向観音に祈願する。その夜、老僧が維茂の夢に現れ、維茂の手を取り白雲に乗せ、紅葉の立て籠もる岩屋を示して「降魔の利剣」(不動明王などが持っている魔障降伏の剣)を授けた。目が覚めると、維茂は実際にその剣を手にしていた。
 こうして意気付いた維茂一行は、紅葉のいる戸隠へと向かう。しかし、地形が複雑で解らない。そこで維茂は八幡大菩薩に祈願し一本の矢を放つと、遠くへ飛んでいった。その矢の飛んだ方向へ向かうと、紅葉達が籠もる荒倉山の麓へ出た。紅葉は笑いながら術を使おうとするが、一向に効き目がない。北向観音の霊力を得た維茂には、もはや紅葉の呪術も効かないのであった。危機を感じた紅葉は鬼武者達に逃げるよう勧めるが、彼らは潔く散ることを望み、せめて一矢報いんと撃って出て、維茂らに討ち取られた。術が効かないことに焦る紅葉。そこに維茂は降魔の剣に白扇をつけて矢とし、放った。矢は見事紅葉の右肩に命中。怒り狂った紅葉は鬼の形相となり、雲に乗って空に舞い上がり炎を吐いて抵抗。その時、突如黄金の光が空を覆う。力を失った紅葉は地に落ちる。維茂がとどめの一太刀、紅葉の首を刎ねた。紅葉の首は空を舞い上がり消えてしまった。維茂は紅葉の両腕を首桶に収めて、穴深く、埋めたという。 こうして勅命により鬼女を退治した維茂ではあったが、紅葉を慕っていた村人の気持ちを汲み、また維茂自身も紅葉を哀れに思って、里に塚を立て紅葉の供養とした。

紅葉が京都を懐かしんで名付けたという西京(にしきょう)、東京(ひがしきょう)、四条、五条、内裏屋敷、加茂。京都を思わせる地名が今も鬼無里の地に今も残っており、紅葉の墓も松巌寺に残されています。「鬼のいない里(鬼無里)」に住んだ紅葉は、悲しい姫だったのかそれとも鬼だったのか。今や誰も解りませんが、千年の時を経ても、紅葉の悲哀が伝わってくるように思えます。
 3月に中野ZEROホールにて「紅葉狩」のシテを勤めさせて頂きます。後場でついには紅葉が維茂に斬られてしまいます。鬼が斬られ、安堵するか、もしくは、斬られた紅葉の気持ちになるか・・・その時、皆様はどのようにお感じになられるでせうか

■□■ NOH豆知識 ■□■
 なかのZERO能では、「紅葉狩」を「鬼揃(おにぞろえ)」の小書の演出でさせて頂きます。本来、「紅葉狩」に登場する鬼は、前シテの上臈(身分の高い女性)が後場では「顰(しかみ)」という鬼神の面をかけ、「男の鬼」となって現れますが、今回の演出では、「般若(はんにゃ)」の面をかけ、「女の鬼」として現れ、平維望に襲いかかります。また、前場の美しい侍女たちも後場では、シテと同様の「鬼」の出で立ちで現れ、非常に華やかな舞台となります。

平成22年2月吉日

【参考文献】 『北向山霊験記』(作者不詳)/『戸隠の鬼たち』 国分義司著 信濃毎日新聞社/ 『鬼女紅葉狩』藤沢衛彦 日本民族伝説全集  【PHOTO】HIROYUKI SHIBATA/「紅葉狩」HIDEAKI KOJIMA

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